2009年4月から島根大学病院でがん薬物療法専門医のための研修が始まりました。呼吸器、造血器、消化器、肝胆膵、乳房の5つの分野を患者さんに接しながら研修し、同時にその背景にある歴史、理論を学ぶことになりました。一方で週2日は奥出雲病院で外来、手術、当直を続けて行いました。

消化器、肝胆膵、乳房は自分の専門分野かそれに近いこともあり、また私が学んだ医局で症例にあたらせてもらい大きな負担ではありませんでしたが、呼吸器と造血器は医学部の学生だったときに勉強して以来20数年ぶりに接したことと、この間の医学的進歩が著しいために理解するのにとても苦労しました。それでもそれぞれの医局の先生方に丁寧に指導していただき、なんとかすこしづつ全体像を把握することができるようになりました。研修中に患者さんのデータを集めてゆきましたが、これが大変な作業で、四苦八苦しているうちに研修期間はあっという間に終わりました。

そのあとは、やることがたくさん待っていました。「腫瘍学」そのものを一から勉強すること。実際の臨床における根拠となっている論文を読むこと。それらの知識をもとに病歴要約を作成すること。2010年11月の認定試験のための試験勉強。とても大変な道のりだなあと呆然としてしまいそうになりましたが、自分でやると決めた以上、放り出すわけにはいきません。なんとか頑張ってゆこうと気持ちを新たにして、取り組み始めました。

まず、腫瘍学を勉強するということに取り組み始めました。腫瘍学というのは、広くとらえれば癌に対する外科手術に関すること、診断に関することなども含むこともあります。しかし一般的には、腫瘍というものはどのように発生して増殖するのかという基礎的な部分と、それに対して薬をつかってどのように治療するのかという薬物療法の部分、この両者を研究する分野といっても良いでしょう。実際のところ、私が医学部の学生だった頃は腫瘍学に関する教育は全くといっていいほど行われていませんでした(そして現在もそれと大きな差はないようです)。

そのため、いかに正常の細胞が癌化し、増殖、転移してゆくのかという最も基礎的な領域を一から勉強し始めました。このとき役に立ったのが「がんの生物学」(南江堂、ワインバーグ著)というテキストです。800ページ近い大作ですが、この分野の基本的な研究からその伸展をストーリーとして時に詳しく、時に物語風に記述してあり、巷によくある事実の羅列だけのテキストと異なり非常に興味深く面白く学ぶことができました。

しかし内容は非常に高度であり理解しながら読み進むのにはとても時間がかかりました。ほとんど初めてと言っていい腫瘍学の勉強をすすめて思ったことは、「今までこんなことも知らなかったのか」という驚きです。確かに外科医として20数年癌患者さんの手術を行ってきましたが、一方で手術相手の基本的な生物学的性質を知らずに過ごしてきたのです。恥ずかしいような気持ちの一方、面白さがまさり苦痛はあまり感じませんでした。専門医を目指すと決めてなければ、このような知識に触れることは少なかっただろうと思うとむしろ幸運だったという気がしていました。

もう先月になりましたが6月17日に、隠岐の島ウルトラマラソン50kmの部に参加してきました。とても苦しい思いもしましたが完走することができました。人生の中でも何度もできないような体験をして、大げさに言えばすこし人生観が変わったような、そんな気持ちになっています。また隠岐の大勢の方に支えられて大会が行われ、声援に背中を押していただいたことをしみじみ感じました。


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2012年7月5日 奥出雲病院 外科 鈴木賢二